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息を吐くように嘘をつく連中 [荒野の素浪人]

まいどおーきに。
齢42を数え、ついに人生後半に差し掛かった次第であります。
日頃の不摂生を考えると残り少ないというのが本音ですが、
「長生きするよ」と事ある毎に言われるので、引いて足してトントンかなw

そう思うことにしようw

以上挨拶。




東京電力は放射能汚染の賠償の大半を拒否しているらしい。
まぁ、当たり前の話だ。
そもそも、一企業が何とかできる規模の公害じゃない。
かと言って、国が何とかするとか言うのも馬鹿な話で、
国の費用=税金=その一部は自分のお金である。

そんな事も判らないのか。

以前から主張しているが、分不相応な責任を背負い込むような真似は厳に慎む
べきである。
分不相応とは責任を取れないような事態のことだ。
最大でも保険で何とか片が付く以上のことは絶対にするべきではない。
原発なんか、愚か者の所業の典型である。

それが判らない人も、判っていながら原発推進(肯定)する人は明らかに無責任である。
自分に迷惑が掛からないようにするには、もっと現実を見て糾弾すべきである。
現に福島の件は未来に渡って莫大な負の遺産を背負い込んだと同義であると
認識しないといけない。

経団連など、欲ボケの連中の話を鵜呑みにすると酷い目に遭うと肝に銘じておこう。
世の中は嘘を当たり前のようにつく連中が沢山いるのだ。


ハイブリッドカーもそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130827-00000045-economic-bus_all
何を今更w

「今ある車を使うのが最も環境負荷が低い」との説がプリウスが登場した直後から
出ている。
当たり前だ。
新しく製造するのにどれだけのエネルギーが必要だと思うのか。
その製品の寿命はどれだけなのか。
ハイブリッドカーの基幹技術として電池を大量に使う時点でその寿命が決まる。
果たして電池を交換して乗り続ける価値があるかどうかも重要だ。

我輩思うに、デザイン的にも性能的にも、数年毎に十数万のコストを掛けてまで
維持する要素は少ないのではないか。
初代プリウスを殆ど見かけなくなったのは、車として、趣味の目線も含めて見た場合、
魅力に欠けるから、誰も電池交換してまで使わないのだ。

こうなると、駅前に放置されているママチャリと同じだ。
製品としての魅力が無いからママチャリは放置される。
製品としての魅力が無いからちょっと古くなると電池交換の選択肢はとられない。
我輩はそう思うのだ。

いやいや、エコなんだから、電池を交換しても使うべきでしょ?
でも、誰もそうしない。

こういう車を買う人は、エコなんかどうでもいいのではないかと疑心暗鬼になる。
きっとそうではないのだが、実は「全然エコじゃない」ことを最初から知っていて、
それに気がつかない振りをして、もしくは「エコであると信じている」振りをして
周囲のブームに乗っかっているだけなのではないか?

となると、我輩の導いた結論はこうだ。
「新車のときは、新車としての価値が見出せるが古くなると維持する価値が見出せない
車で、買うときはエコロジーであるかのように思わせられる販売戦略の製品」
が、巷に溢れているハイブリッドカーの、とある一面であろう。

これを要約すると、「メーカーが主張するほどエコではない」とも言える(強引か?)
何しろ、維持する価値が見出せないのだ。
従来の車だと、維持する価値が動いていると言う点に関してのみしか見出せないとしても、
それが十分な存在意義となるが、ハイブリッドカーはそれすらないのだ。

駅前の駐輪場に放置されている、パンクしてワイヤーが錆付き、サドルの破れた
ママチャリとどう違うのか?
誰も修理してまで使わないと言う点で、本質は全く同じである。

が、多大なエネルギーを注ぎ込まないと製造できず、リサイクルするにしても
莫大なエネルギーを必要とするハイブリッドカーの罪はママチャリとは
比較にならないほど重い。

「ハイブリッド=エコカー」ではないと判断せざるを得ない以上、これがエコであるとの
メーカーの主張は消費者を欺いていると我輩は断じる。


更にもうひとつ最近我慢がならない嘘がある。
軽自動車税が引き上げられるらしい。
代わりに自動車取得税が廃止されるのだが、どうしてもっと文句を言わないのか?
生涯でたった数度の自動車取得税を払わなくても良い代わりに、毎年払う必要のある
自動車税が大幅に増税されるのだ。
軽自動車メーカーが「弱いものいじめだ」と反発しているが、それ以前の問題であろう。
これも、国民負担は増えないなどと、いけシャーシャーと嘘を並べ立てている典型である。

こんなこと、考えなくても嘘だとわかる。
数年毎に新車を買うなら相殺されるのかもしれないが、今あるものを使っている人には
明らかな増税だ。
エコカー減税がなくなった代わりだとの説もあるが、そもそもエコで無さそうなものを
減税して、物を大切に使って資源の浪費を抑えている人には増税になるシステムなのだ。

本当にエコロジーを推進するために政治介入して、そのための手法として
税制を弄るのであれば、買い替えを抑えるべく取得税は増税、
使用量を抑えるために燃料には増税が正しい方法であろう。

実際の政策は全く逆である。
実は誰もエコなんか考えていないのだ。

息を吐くように嘘を言うのは隣国の連中だけではない。



我輩、ナンバーの付いている車を5台所有しているが、3年前に買った軽トラ以外は
全て13年超過で自動車税が増税されている。
モノを大切にするとペナルティが課せられるこのシステムは絶対的におかしい。

今時の車に比較すれば多少燃費は劣るが、その車本体に対して増税するのが
果たして妥当であろうか?
リッターあたり4kmしか走らない車を年間1000kmしか乗らないのと、リッター40kmの
車を年間1万キロ乗るのと比べたら、全体での燃料消費量は同じである。
環境負荷も同じだ。
勿論効率は悪い訳であるが、車本体にペナルティを課すのは不当で、
使った量に対してペナルティを課すべきである。
本質は無駄遣いをするなという話だ。

13年過ぎたから増税するというのは暗に買い換えろと言っているようなもので、
言い換えれば新規製造するためのエネルギー消費は是で、運用するエネルギー消費は
否であるということになる。
これはある意味自動車メーカーのための税制である。
どんだけトヨタから賄賂貰ったんだ?と勘繰りたくなる。

一体何のための、誰のための自動車なのか。

こういう誤った政策や責任転嫁を日常的に行った結果、車を使わない人からも徴収した
税金からエコカー補助金を捻出したりするような馬鹿な真似を当たり前のように
することになる。

と、税金を取られっ放しのしがないサラリーマンである我輩は思う訳である。



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